上海紀行
Part8

ライター:千遥

上海の治安と交通

中国駐在の経験が長い朋友の話によると、上海は中国でも最も治安のよい街といわれているそうだ。「よほど怪しげなところに行かなければ、安全だよ」と私もいわれていた。我々が通常、始めて異国を訪れると顔形や文化・慣習・人種などの違いからか、何となく違和感があるし不気味な印象をうけることがある。だが、ここ上海は何故かそのような雰囲気がないのだ。誰でも受け入れる風習があるのだろうか。不思議な感じをうけた。
街中を夜おそく歩いていても、おかしな人間をみかけない。日本の方が余程恐いように思う。全国にヤクザもいれば、若者はすぐに切れて殺傷沙汰に及ぶ。ヘタに注意も出来ない物騒な社会になっている。ところがここ上海では、午後11時を回っても薄暗い道を女性が一人歩きでも平気な顔で歩いている。



賑わう上海名所・外灘

しかし、全てが安全というわけではない。孫先生は最初の説明会で「泥棒もスリもいるから、財布や貴重品には気をつけて下さい」と言っていた。その矢先に、まさかという事が起きてしまった。私が外出から帰ってくると隣室の女性二人の様子がおかしい。何か慌てふためいていた。中国訪問5回目という広島大学中国語科出の30代前半の女性がパスポートから財布一式を無くしてしまったのである。

一番優秀な、たった一人の上級クラスの学生がである。経緯は、よく分らない。同室の女性二人で繁華街まで出掛けた帰りのバスの中で失ったらしい。落としたのか、それとも掏られたのかは定かではない。それにしても手提げのバッグに一番大事なものを二つ入れていたというから、いくらなんでも無用心この上も無い話だ。あまりにも安易な話だと私は思った。

私はといえば、現金は3カ所に分けて身につけていた。よく魚釣りにいくときに着る代物で、ポケットのたくさんある薄手のジャケットを着込み、その上にジャンバーなどを羽織っていた。現地通貨はジャンバーの一番出し入れしやすいポケットに、両替用の日本円はその反対側のポケットに、そして最後の現金はパスポートと一緒に首からつるして絶対に身体からはずれないような用心深さである。これには他の理由がある。ちょっと酔うと直ぐにだらしなくなってしまうからだ。パスポートなどはお腹に巻きつけていくことも考えたが、娘から貰った品物は私のお腹では回りきれなかった


結局パスポートの再申請は日本領事館で交付をうけたらしいが、このようなことに会うと愉しかるべき旅行は悲惨なものになってしまう。私は旅なれた方からのアドバイスを素直にうけて、パスポートのコピーやパスポート用とビザ用の写真を余分にもち万一の事態に備えていた。最後までこれらを使わずに済んだのはよかった。
  
  
1元の朝食です

市内のバスは全て同一料金。エアコンつきは少し綺麗なバスで2元。これには必ずオバチャンの車掌がのっており身体の前にカバンを下げて、いくら込んでいても乗客を掻き分け掻き分け料金の徴収にくる。新たに乗ってきた客を絶対に見逃さない感じ。

でも、タダ(料金を支払わない)でのってきたという女子学生もいたから、完全に回収しているともいえないようだ。車掌は中年女性の職場として、ほぼ固定されているのかもしれない。エアコンなしはワンマンカーで運転手の横のボックスに1元を入れる。これは日本と殆ど変わりは無い。運転手も、コインをひとつだけだからそう神経を使わないですむ。


バスは女性運転手が多い

タクシーもしかりながらバスの運転手も女性が多い。モタモタやっていると早口でまくしたてる。市内の主要な交通機関だからバスはひっきりなしに来る。通勤客がそのバスをめがけて突進する。慣れてくると私たちも、その中に紛れ込み、しゃにむに乗り込む。「郷にいれば郷に従う」で、これも結構面白かった。

中国では、年老いた人を敬うしきたりが強い。込んでいるバスの中で、私に席を譲ってくれる女性も見受けられた。が、私は「謝謝!」と言って、その方に腰掛けてもらっていた。私は別に疲れてもいないし、いつも立ったままバスに乗っていた。その志だけで充分だったのである。日本では「敬老の日」という祝日もある。しかし、電車やバスの中で敬老の精神を示してくれる若者は少ない。「老」という文字は日本では、単なる老人の感じだが、中国では「敬う」という意味だ。その辺に中国人の心意気を感じている。
                   (続く) 

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