上海紀行
Part 29

ライター:千遥

    杭州・西湖遊覧

我々2人以外は1月5日に船便で大阪に向う。そんなことで、最後の授業が終わった4日の夜は、30代の女性を除き若い人たちだけで宿舎でコンパが始まっている。陽気な金(キム)さんを中心に盛り上がっている様子が分る。でも、こちらはそんなのに付き合ってはおれない。
 これから杭州に向けて20:10には列車に乗らねばならない。すべての準備を整えるのに懸命だった。6日には、もう一度上海に戻ってくるのだから、大きな旅行バッグは宿舎に預かってもらうことにした。上海に戻ったら荷物を受け取り、最初に宿泊したホテルに移動し、7日の朝帰国の途につく予定であった。

 皆と別れて夜の列車に乗る。新空調硬座特快だから空調はあるが、座席はあまり良いものではない。これが33元。帰りは新空調二等軟座特快で48元だった。杭州まで約2時間、外は田舎の暗闇だから寝ていくしかない。



人影もまばらな西湖

 杭州到着は午後11時を回っていた。翌朝早々にホテルのバイキングを頂くと、目的地である西湖(せいこ=シーフー)に向う。西湖は中国十大風景名勝のひとつと言われる。北宋の詩人蘇東波がこよなく愛し、その詩の中で古代中国の美人・西施に例えて「西子湖」と詠んだことから、「西湖」と呼ばれるようになったそうだ。
 我々の宿泊した杭州タワーホテルからは近い。バス一つで何なく湖畔に着き、堤を歩いていく。著名な観光地なのに人影は意外に少なかった。遊歩道の芝や並木は枯れていたが、湖全体を取り囲む木々は緑一色である。面積は6.5平方キロというから、それほど大きな湖ではないが、朝のうちは靄が立ちこめて幻想的な感覚に包まれていた。



行き交う洒落た遊覧船

 金色や赤、青など色とりどりの遊覧船が頻繁に行き交う。乗船券は35元だ。これには島々の公園の名所の入場料も含まれている。途中いくつかの島々に寄り、同じところには帰らず向うの対岸まで行くことにする。湖水はきれいで日本の観光地ような汚れはない。
 都心の喧騒さから開放され、ゆったりとした気分で湖面や遠方の景観を楽しむ。湖のほとりには人家が見えるが、周辺を囲む小高い山々には大きな塔がいくつも見える。このへんは如何にも中国的である。


水面に映える景観

 船は点在する小さな島々の間をくぐり抜けるように進む。湖面に映る緑の木々と伝統的な建物の数々。湖水に対照的な光景はまことに美しい。あとで写真を部分的に見ると、上下を逆にしてもそのまま絵になる。私はこれが気に入っていくつものシャッターを切った。


江澤民の署名が見える



記念館の飾り窓

一般的に「西湖」と呼ばれる湖も、実際は多くの島々によって区切られており、西里湖、北里湖、南湖、岳湖、などがある。我々が訪ねたのは最大の西湖だけである。 いくつもの島に寄り政府要人の記念碑や写真、古来の建築物などを参観し、やっと対岸に着いた。もう、そんなに時間はないから、西湖以外のところに行く余裕はない。本場の龍井茶だけは試飲せねばならない。

 杭州名物は何といっても、龍井茶(ロンジン茶)の名所である。お茶の故郷は中国だ。栽培、製造、飲用もすべて中国から始まっている。マルコポーロが中国の珍奇なものとして紹介したとき、お茶も入っていたそうだ。英語とフランス語のteaは福建語から、またロシア語と日本語の茶は北方語が語源だ。

 そんなことで、中国語では茶(チャアー)と語尾が上がるが日本語では茶(ちゃ)と平坦な発音の差だけである。 



真冬とは思えぬ美しさ

 中国のお茶は、大きく四つに分けられる。日本で最も有名な鳥龍茶(ウーロンチヤ)をはじめ、花入りの花茶、紅茶、それに緑茶だ。緑茶の中で最高峰とされるのが龍井茶である。
 バスの中で朋友と話していたら、我々の話を小耳に挟んだ年配の中国人女性がメモ用紙を取り出し、真剣に説明しはじめた。

 杭州三大宝は、まず龍井茶葉であり、次が江南の刺繍だという。もう一つは西湖○○.....と書いてくれたが、達筆すぎて未だに判読出来ないままになっている。「ロンジンなら此処がよい」とわざわざ住所まで書いてくれた。それには、「杭州市西湖郷龍井村乾龍路96号 董雪方」と書いてあった。そして我々をバスから下ろすと、ここから真っ直ぐ山をあがれ、そうすれば左側にその店がある。そこまで言うと彼女は立ち去ってしまった。


龍井の茶畑が広がる丘陵

 何だか聞く方が頼りない話だが、とにかく人家もあまり見かけない山道を登ることにした。見渡すと確かに茶畑が丘陵いっぱいに広がっている。オバチャンはちゃんと、教えてくれたことは分った。すると、モタモタと歩いている我々をスイスイと追い抜いていく別の女性がいる。

 「どこに行くのか」と聞くから、「龍井茶を飲みにいく」と応えたら、「私の家で休んでいかないか」という。フーン親切な人もいるもんだ、と
思いながらオバチャンのあとをついていった。やや暫くするとオバチャンの家に着いた。
 小高い丘の上に洒落た木造の家がある。どうも理容師が出張できているらしい。家の前で頭を刈っている老人がいる。「あの人は、お父さんか」と聞いたら「我丈夫(私の夫だ)」という。まずかったなぁ。でも奥さんに比べると随分と老けてみえた。何もしていないためかなぁ。

 「ゆっくりしていけ」という話に乗って、お茶をご馳走になった。コップに二種類のお茶を用意し、どっちが旨いかと尋ねる。
冷え込む冬の1日、両方共美味しいけど双方にはかなりの差があった。そこにはオバチャンのしたたかな作戦があったのである
    (続く)

 

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