Part 30



                                                  ライター:千遥

大家好 ! 下次再来 !
 
上海国際埠頭


 西湖湖畔の山中で、オバチャンにご馳走になったお茶は超高級な龍井茶(ロンジン茶)だったのである。普通の民家と思ったのが大間違いだった。納戸を開けたら、それこそ山のような茶の袋が出てきた。まさか、ここがお茶栽培の農家だったとは夢にも思わなかった。やがてオバチャンが古びた天びんの秤を持ちだし、大きなビニールの袋にお茶をたくさん詰めて量り始めた。そうかー、「龍井茶をたくさん買って !」というわけだったのかぁ。
 
 勧められるままに何倍も飲んでしまった手前もある。お値段はそこそこだけど、我々にとっては特にどうということもない。いまさら断る理由もないから、半分ずつ二つに分けてもらった。オバチャンの家は外観は立派なものだが、内部は我々の招かれた部屋を除けば、ごく普通の農家の生活を示すものと判断した。全ての部屋は土間だけであった。寝室とおぼしき部屋も、「仕切られた住空間に、ベッドやテレビなどの生活用品が漫然と置かれてある」という感じだ。「食」の中国だから、流石に台所はとても広い。が、雑然とキッチン用具が広げてあるだけの感じ。現代を生きる日本人の感覚から見れば、とても快適とは思えぬ住宅環境である。
 それは我々世代が持つ幼い頃の記憶とダブルものであり、まさに当時の状況を呼び起こすものだった。そこには、日本の敗戦直後の状況と何ら変わらぬ生活があったのである。
 
 目覚しく発展を遂げる中国社会の中で、いま都市住民と地方農民との生活の格差是正が叫ばれている。都市の中でも貧富の差は激しい。まさに政治は共産主義だが、経済は資本主義そのものである。広大な土地に住む多くの人々が、一様に豊かな生活を享受できるわけはない。現地で私がふれ合った人たちも、ほんの一握りの方々である。そんな中で私は、彼らの快活な人柄や外観からはとても想像できない、貧困さの存在もまた垣間見た感じがした。


 
朝もやの西湖 〜ロンジン茶のオバチャン〜 爽やかな住居


 龍井茶の彼女は61歳と言っていたが、可愛かったなぁ。年齢なんか関係ない笑顔がとても素敵だった。お別れの記念写真にも気持ちよく応じてくれた。家の人も全員出てきてくれたので、土手の下から写真を撮らせてもらった。このような些細な出来事は、お茶の代金などとは換えられない貴重な体験となって残るものだ。いつまでもその残像は消えないものである。
 名残りを惜しみつつ帰途につくと、途中どこからともなく現れた2人の若い女性に出会った。彼女たちも下に降りていくようだった。
 
 そんなチャンスを逃さないのが当方の最大の特徴である。ボソボソと話しかけてみた。上海語がどうの、などと言われるが概ね通じる。彼女たちは当地の大学生だという。四方山話?をしながら、一緒に歩いてきたら、突然かたわらの大きな岩石の陰の方に行って何か持ってきた。聞けば、山を上がるのに重いから置いていったとのこと。やることがまことに可愛らしい。無くなったら、どうするつもりだったのかな。そのうえ、日本語は全く出来ないと言っていたのに、湖畔で別れるとき2人揃って、「先生、さようなら」ときたものだ。オッサンを煙に巻いて彼女たちは手を振りながら、また何処かへ消えていった。「やるもんだなぁ、中国人学生は !茶目っ気があるよ。どこまで日本語を知っていたのかなあ ?!」。





上海名所「豫園」での記念撮影


 おそらく、またと会うことのないであろう人々との出会いと別れ、旅はまた何時になっても郷愁を誘う泉である。国際都市上海は、日々刻々とその様相を変えていく。変化していく巨大な中国の象徴でもある。僅か2週間かそこいらの滞在で上海の全てを述べることは到底できない。30回にわたった、この上海紀行で触れたのもほんの一部にすぎない。それでも変貌する上海の街や逞しく生きる底辺の人々、その方々との出会いと触れ合いは、私にとってかけがえのない感激と喜びのひとときを与えてくれた。嬉しい時間の経過が、そこにあった。

 ある日授業の中で、理髪店を訪れたときの会話練習のテーマがあった。翌日私は、その教科書を持って、さっそく大学の隣りにある店に行ってみた。変なオッサンが来たので皆が寄ってくる。あちこちから何だかんだと聞いてくるが、残念なことに、私は彼らの質問にはまともに対応出来なかった。持ち込んだ教科書に書いてあるように、質問してこないのだ!
 この店の主な客は学生だから、代金はとにかく安かった。僅か10元也。街中の理髪店では、最高で60元位する店もあった。若いお兄さんやお姉さん相手に、希望する調髪ができなかったのは、当方の語学力不足を如実に示す結果となった。
 因みに理髪店は、中国語では理発店と書く。発音は日本語では「りはつてん」だが、中国語では「リーファーティン」となる。何となく似ているところが面白い。


いつも明るく、逞しく生きる女性たち

 蘇州と杭州で宿泊したホテルは、いわゆる宿泊ランクでいくと「三ツ星」程度だったと思う。日本の宿泊ガイドにも掲載されている。気軽に行くにはそれで充分である。日本出発前に予約していたものだが、ホテルマンの対応にも全く問題はなかった。
 ただし、いずこのホテルも日本語は全く通じない。中国語ならば、私でも何とか通じる。それがダメなら英語を話すフロントマンが1人位はいるから、ホテルのチェックインなどは難しくない。先方もいちいち説明するよりもパスポートを見てドンドン記入してくれるから、困ることは何もなかった。支払いは現金でもクレジットカードでもよいが、クレジットカード行なうほうが面倒がなくて良さそうである。


 

蘇州・寒山寺


 銀行での両替も難しいことは何もない。銀行の服務員は日本円を見慣れているから、日本の授業で勉強したことほど正確なやりとりをしなくても、問題はまず発生しないだろう。面白いのは、銀行内の事務室とお客が完全に隔離(遮断)されていることである。ピストル強盗でも、簡単には内部に入ることが出来ない構造になっている。
 お金やパスポートの出し入れや手続きは、遮断された格子の下の僅かな隙間をスライドさせて出入りさせる仕組みだから、身体の入るスペースなどはどこにもない。街中の風情や人々の表情からも、中国が物騒な社会とは到底思えなかったけど、全てにオープンな日本の銀行に比べれば遥かに安全であることは間違いない。 




利用出来るものは 活用する たくましさ!!


 スモールビジネスとして面白いものに、即席の名刺を作成する仕事がある。大学近くでやっている店は、狭い店内にパソコンとプリンターと名刺作成用紙があるだけだ。出来上がりが早くて、かつ安い。お姉さんが客の要望を聞くと、パソコンに住所や名前などを素早く打ち込む。レイアウトや書くべき内容を示せば、目の前で出来上がりが確認でき、ものの数分で一箱仕上がってしまう。100枚で20元(300円)也だ。 紙質は上等とは言えないが、上海市内の名所などがあらかじめ印刷されてあり、記念品としても実用品としても、充分役に立つもので問題はない。もう一つ気付いたことにパソコンを利用した「整形写真」がある。これは若い女性に人気があるようで、あちこちで見かけた。要は、パソコンで自分の顔を、好みのアイドルなどの容姿に似せて作ってもらうわけだ。中国では女性の最大の武器は「美人」であること、と言われる。スタイルは、みな身長が高くスマートだから、問題は「美形の顔」ということになるのだろう。


優雅さ 華やかさ 煌びやかさ


 このシリーズも、当初50回位は続けるつもりだったのが途中ズボラになってしまい、既にかなりの部分が忘却の彼方へと去っていった。「忘却とは忘れ去るものなり」か。全部覚えていないからこそ、人間は生きつづけることができる。最後は取り留めのない話ばかりになってしまった。そんな断片的な終局を迎えたことを少しばかり後悔している。
 
 ほんの僅かな経験で、中国や上海などについて結論づけるようなことは到底言えるものではない。しかしこのたびの短期語学留学は、私にとって、かけがえのない体験とともに、さらなる好奇心や希望と勇気を与えてくれるものであった。この旅行を通じて知り合い、そしてサポートしていただいた多くの中国人の方々に対して、心から感謝の気持ちを表したい。


有機会我想再去中国,謝謝大家。 再見!! (完)
上海浦東空港

 
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