松永 泉
今市市から見た日光連山
(左から男体山 大真名子山 小真名子山 赤薙山 女峰山)
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もう50数年以上も前になる。私が、小学校から高校まで過ごした今市市の西はずれ。そのあたりは春日町とよばれていたが、春ともなれば一面にレンゲの花が咲き乱れる田圃だった。そんなところで、毎日のように野球や凧揚げなどをやりながら、ドロンコになって走り回っていたものである。
田植えの時期ともなると、牛や馬たちがせっせと耕してくれた田の面影は今やなく、真新しい家が建ったり駐車場などができている。当然のことながら、ギンヤンマが颯爽と滑空していた小川も小豆のあぜ道もない。日光方面へ、東武日光線に沿って真っ直ぐに延びる立派な道路が意外とスマートな装いで、周囲の景観にマッチしている感じがした。時代の流れとともに、私の感性もかわってしまったに違いない。
長い歳月を経ても今だに変わらないのは、東武日光線の鉄道と西方前面に連なる日光の山々である。上今市駅(かみいまいち)は場所こそ同じだが、付近で切り出された真新しい杉材でロッグハウス調に作られ、素朴な観光地の風情がある。でも、今は無人駅になってしまった。その昔と同じなのは、やはり、四季の移ろいとともに、そのときどきの美しさを変える山々の表情であっだ。
今市の景観で最大なものは眼前にせまる日光連山、とりわけ容姿端麗な男体山であろうか。春夏秋冬それぞれに雄大な山肌をみせてくれるのが嬉しい。写真のイメージでは、日光連山の全景は遠く見えるが実際は男体山と同じ位の大きさで市内を見下ろしている。
たまたま訪ねたこの日は晴れてはいたものの、日光の山々は靄のかかった感じで今ひとつ写真写りもよくなかった。当時今市市に住んでいた私などは、男体山が示す微妙な表情の変化を読み取ることができた。吹き降ろす風や雲の動き、そして夕暮れに浮かぶシルエットなどによって、これから訪れる天候を予測することができたものである。
鬱蒼たる日光杉並木 二宮神社 二宮尊徳像 尊徳の墓
今市を記すには、まず第一に杉並木をあげねばならないだろう。当時、風呂の燃料は薪である。湿った太い薪は勢いよく燃えない。それで、子どもたちは籠にいっぱいの杉の枯葉を集めて帰る。これを付け火にして太い薪に燃え移らせるのだ。
もうひとつは、杉鉄砲だ。細い笹竹を適度な長さに切り、これをさやにしてここに杉の種を入れ勢いよく押し出すと、ポーンという心地よい音と一緒に中の種が飛び出す。近所の友だちとは、その出来栄えを競っていたものである。
今にして思えば、長い間、巨大な杉並木の下で杉の花粉と過ごしてきたのに、一度もスギ花粉症などにはかかったことはない。科学が進歩する一方で、人間とは、わざわざ予測不可能な新たな病気を作り出す不思議な動物と思わざるを得ない。
日光杉並木は、三つの街道を合わせると37キロにも及ぶ。その数13,300本が昼なおうっそうとした昔日の面影を漂わせる。家康亡き後忠臣・松平正綱が20年の歳月をかけ、20万本もの杉を植えたといわれている。そして東照宮に寄進されたとされている。現在では、世界一長い並木としてギネスブックによって認定されている。
どこの小学校にでも見られる二宮金次郎の像、「芝かり縄ない 草鞋をつくり、親の手をすけ おととを世話し」と今でも歌われている?忘れえぬ金次郎、のちの二宮尊徳翁は、この今市の宿で69歳の生涯を閉じた。各地に二宮神社があるけど、幼いころ、まさか尊徳先生が今市で亡くなったとは全く考えてもいなかった。遺言では「分を超えた墓石などの葬儀をしてはならない」とあったそうだが、質素な尊徳の墓は、今でも神社の裏手に静かに佇んでいる。
現在の二宮神社は明治14年、その偉業を慕う人々によってこの終焉の地に神社創立の話が持ち上がり、明治30年に完成したものである。
霧降高原有料道路から見た今市市街地
六方沢の景観 霧降の滝
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大笹牧場から日光連山を望む
杉並木を抜けたところが下今市(しもいまいち)で、そこから商店街が200メートルほど続く。両サイドには昔ながらの商店が並ぶ。店がなくなる辺りが上今市(かみいまいち)、ここから日光まで約7`ばかりまた杉並木となる。
JR日光駅を過ぎて最初の信号を右折すると霧降高原有料道路に入る。この道路は車も少なく、快調に清清しい高原を走るお勧めのコースである。グングン加速し上っていくと、やがて今市の市街地を遥かかなたに眺める高原に到達する。緑濃い山々のはざまに町並みが小さく望める。
ここでちょっと一休み。特産のそばを味わう。「名物に美味いものなし」と言われるが、高原で味わうそばは間違いなく美味いものであった。これは店主に代わり推奨しましょう。
さらに車を走らせると、六方沢と呼ばれる大パノラマの景観を目にすることになる。昭和51年に完成した長さ290m、橋脚の長さ120mの逆ローゼ型の六方沢橋がある。この橋から下を流れる沢をみると目もくらむばかりだ。紅葉の季節はまた一段と美しく映える。
有料道路を過ぎると大笹牧場に到着する。山道を上り詰めてくると急激に眺望も開け、柵もめぐらされモウモウ牛さんたちがあちこちに目に入るから、著名な牧場に着いたことを知る。
しばしの間、広々とした牧場にたたずみ、緑の木立やさまざま彩りを添える紅葉を眺める。絞りたての牛乳を飲み、アイスクリームをほほばるのも結構なひとときである。その昔には、まさかこんなところが今市市とは夢にも思わなかった。
秋の暮れ、夕方に近い時刻ともなれば、雲間から差し込む陽光は神々しいばかりに眩ゆく輝く。(つづく)
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