鎌ヶ谷市在住 田中 笙子
「ラストシネマ」
辻内智貴
かって、「映画」が輝き、夢と希望を私達にあたえてくれた時代、或る地方の町で、一人の少年が体験した不思議な事件です。
(一本の映画を見つけたかったんだ。雄さんが、たった一度だけ出演した一本の映画を、僕はどうしても見つけたかったんだ。ひとりの人間が、他の誰でもない、たゞその人として生きる事の意味を、僕は信じたかったんだ。田舎町の、忘れられない夏。僕は、まだ九才の少年だった。
若い時、故郷を出て映画界に入り、十八年振りに戻った雄さんは、体をこわし二ヶ月前から入院中だった。私は学校帰りに毎日見舞いに行った。
黙って、じっと窓の外に目を向けていた雄さんは、そのうち、ぽつりと、「・・・・・・いいじゃねいか、行かせてやれよ・・・・・・。」そんな言葉を、口にした。「・・・・・・いまの、なに?」私は尋ねてみた。雄さんは、私に顔を戻し、また静かに微笑んだ。「今のは、俺がたった一度だけ口にした映画の中のセリフだよ。」そう云った。)
この少年は母を亡くし、父と二人暮しです。父は子供に少し難しいかもしれませんが、話してきかせます。
(お前が、将来何かしようとする時には、これをする為に自分は生きているんだなんて思うな。生きているから、こうしているんだと、その事を考えろ。―――そうした方がいい。」父は云いながら、パンを頬張った。「俺たち人間に有るのはな」と父は云った。「生まれて、生きて、死ぬ。この三つの事だけだ。」そう云った。)
病院の壁に雄さんの映画を映し、病床の雄さんも皆と一緒に見る事が出来ました。
人間と人間との繋がりが、どんなに素晴らしいものか、その優しさ暖かさが心に広がってゆきます。一度読んでそれきりというのではなく、又二度三度と頁を開いてみたくなる、何故か、心の熱くなる本です。
――光文社¥1575(税込み)――
「昭和史」(1926〜1945)
半藤一利
八月は、ヒロシマ、長崎の原爆の日、八月十五日の終戦記念日など、日本の歴史について考えてみたいと思う時、この「昭和史」という素晴らしい歴史読本があります。
―――あとがき―――より
(編集者の山本明子さんの執拗な説得からはじまった。「学校でほとんど習わなかったので昭和史のシの字も知らない私達世代のために、手ほどき的な授業をしていただけたら、たいそう日本の明日のためになると思うのですが」これに日本音声保存のスタッフ三人がたちまち乗ってきた。録音して、ゆくゆくは誰にでも聞けるCDにしようというのである。―――略―――、
「すべて大事件の前には必ず小事件が起こるものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古来から歴史家の常に陥る幣とう(弊害、欠陥)である」と夏目漱石が『吾輩は猫である』で書いている。)
分かりやすい優しい語り口ですが、奥行きのある辛口の批評性に富み、昭和元年からニ十年迄、我が国がどのような歴史の波に呑み込まれたのか?優れた歴史書を読むことは、私達の現在を考え顧みさせるよすがになるのではないでしょうか。・・・・・・。
――平凡社¥1680(税込み)――
「追憶の作家たち」
宮田毬栄
自分の好きな作家が亡くなるという事は、非常に悲しく、もう二度と新しい作品にあう事のない寂しさを痛感します。わが国で文芸誌「海」の初めての女性編集長になった筆者が、特に思い出深い七人の作家の実像を生々しく語ってくれます。
(松本清張、西条八十,埴谷雄高,島尾敏雄,石川淳、大岡昇平、日野啓三、)
皆さんの好きな作家はいませんか?私は,松本、大岡氏の二人が好きです。
―――あとがき―――より
(死してもなお私に語りかける七人の作家の追憶を書いた。その時々の時間が濃密に甦って、私を幸せな気分にしたり、息苦しくもさせた。私にとって重要な存在であった作家と向きあい、彼らの生と死に密着することは、その間近で生きてきた私自身の半生を振り返ることでもあった。―――略―――いうまでもなく、私が見た作家像はその作家のほんの一部分でしかないだろう。私は私が見たもののみを書いたにすぎないのである。しかし、それはその作家のまぎれもない顔であった。)
――文春新書¥756(税込み)――
「ゴシップ的日本語論」
丸谷才一
著者が、講演、挨拶、対談、座談会などで話したものばかりをまとめた本です。内容は日本語論から、泉鏡花、折口信夫、夏目漱石、源氏物語と合作小説、歌舞伎、現代思想と多彩な内容と面白さが溢れています。
―――「日本語があぶない」―――より
(今、しなくちゃならないのは、ゆとりの教育を即刻やめて、日本語の時間数を増やすこと。小学校、中学校で日本語教育を徹底的にやること。それで日本語の読み書きの能力が増せば、ほかの課目だっておのずから力がつく。本を読み文章を書く力がつけば、それによってほかの本だって読める。そのための時間数が足りないなら、土曜日を休みにすることを廃止しても日本語教育に力を入れなきゃならない。)
―――「ゴシップ的日本語論」―――より
(一国の運命は政治と経済によるだけではなく、言語による所が極めて大きい、あるいは政治と経済を言語が支えてゐる。言語教育は国運を左右し文明を左右する。わたしはさう思ってをります。)
昭和天皇の会話(言語能力)が、昭和史に深くかかわっている事が、非常に興味深くのべられています。
―――文芸春秋社¥1575(税込み)―――
「一葉の恋」
田辺聖子
三部構成のエッセイ集で、(T)樋口一葉、与謝野晶子、杉田久女、吉屋信子、など田辺さんの、こよなく愛する作家達。(U)司馬遼太郎、藤沢周平、藤本義一など、交遊の楽しさが。(V)田辺さんの子供時代の魅力的な家族の人々(祖母、父母、叔母)がいました。
―――T「一葉の恋」―――
秋からの新札に樋口一葉が現れます。一葉とはどんな女性なのでしょうか。聡明で精神的な美しさが、きっとした眉、ぱっちりとした瞳、強くひきしめられた唇もとにもうかがえます。文学への情熱を秘めた一葉が小説を書くことの師として半井桃水に初めて会ったのは、明治二十四年(1819)四月十五日で、一葉、樋口夏子は二十才でした。
(『白がいがいたる雪中りんりんたる寒気ををかして帰る 中々におもしろし ほり端通り九段の辺吹きかくる雪におもてむけがたくて 頭巾の上に肩かけすっぽりとかぶりて折ふし目斗さし出すもをかし 種々 の感情むねにせまりて雪の日という小説一編あまばやの腹稿なる』夏子は、夜、ねむれずに思い返した。いまでは桃水を好もしく慕わしく思う気持ちは、動かしがたいものになっていた。桃水は、明治の男にしては、さっぱりした女への対し方ができる男であった。)
―――V「みんなが愛してくれた」―――
(子供のころの贅沢の記憶が、のちのちまで人間が生きる上の、支えになるというのは、こういうことなのであろうか。しかし私はこの頃、こう考えるようになった。贅沢の記憶なのではない。愛された、という自信の記憶ではないか、と。そんなにまでしてくれたという、オトナたちの愛を、人間は大きくなっても心の支えにしているのではなかろうか。子供のときに味わった後悔や苦悩や挫折感などは、オトナになってからの人生航路のある種の道しるべになるが、「愛された記憶」は、人を支える。(私はこんなに愛されたのだ)という記憶が、のちに人を救う。)
私は田辺聖子という優れた作家の生まれた源泉が、ここにあったという思いにかられました。この一冊を読み終わり、「幸福」の余韻が心に広がり、何故か勇気のようなものが湧いてきました。
―――世界文化社¥1575(税込み)―――
かってない程の今年の暑さ、毎日大変ですが少しでも快適に過ごせるよう、私はこんな事で楽しんでいます。冷えた部屋でビールを飲みながら(飲みすぎると眠くなります)、極上に面白い推理小説を読みあさる‐‐‐。アッという間に一日が過ぎてしまいます。皆さんも、是非お試しください。私のおすゝめは次の四冊です。
「パンドラ、アイランド」
大沢在昌
(南海の孤島で”保安官”として平穏に暮らすことを望んだ元刑事、高洲。だが一人の老人の死をきっかけに、キナ臭い秘密が浮かび上がる‐‐‐。島の人間が守ろうとする”秘密”とは?巨大な密室で沸騰する殺意。元刑事、たった一人の追跡行)
この本の帯を見ただけで読みたくなりますね。大沢さんのダイナミックなハードボイルド小説―――
一匹狼の高洲が、渋くてカッコよく魅力的です。
―――徳間書店¥1995(税込み)―――
「臨 場」
横山秀夫
本屋さんに行くと彼の本がずらりと並んでいます。現在、一番面白く人気のある作家だと思います。
(臨場――警察組織では、事件現場に望み、初動捜査に当ることをいう。”終身検視官”の異名を持つ倉石は、他の者たちとは異質の【眼】を持っていた。組織と個人、職務と情、警察小説の圧倒的世界。)
八編の小説の中の「十七年蝉」で、わたしは初めてこんな蝉のいる事を知りましたが、五月十二日の新聞で、今夏は米国の東部で「十七年蝉」の年にあたり、数十億匹の大合唱に包まれそうだとあり、驚きました。
―――十七年蝉―――より
(朱実がしてくれた話しだった。「すごいんだよ。土の中にいてね、十七年目にやっと蝉になって飛ぶの。ねえ、それで、やっぱりすごいよね。だって、あたしたちが今まで生きてきたのと同じだけ、土の中にいるんだよ。あたし、そんなのやだなあ。きっと暗いし、息苦しいし、耐えられないよ。ああ、人間でよかった。タケフミとも知り合えたし。ね?」
朱実の寿命は十七年蝉よりも短かった。)
一話一話、どれも優劣つけがたい気迫にみちた警察小説の面白さに酔いしれます。
―――光文社¥1785(税込み)―――
「イタリア幻想曲」
内田康夫
おなじみの浅見光彦の活躍です。警察庁刑事局長の兄、陽一郎に送られてきたメッセージ「貴賓室の怪人に気をつけろ」の謎を解くため,九十八日間世界一周の豪華客船「飛鳥」で旅にでた光彦が、イタリアの地で大活躍します。次々に起きる殺人事件。ヨーロッパ(中世)の歴史とキリスト教(カソッリク)ヴァチカンの聖なる秘密がおりなす、思想と信仰の壁。日本人には理解しにくいキリスト教の聖骸布の謎に敢然と立ち向かう事でした。――参考までに船賃をのべますと、ロイヤル・スイートは千六百万円、Aスイートは千五十万円、ステート・ルームは三百万円です。ひまとお金の沢山ある人でないと、とても乗船できませんね-----。
―――角川書店¥1785(税込み)―――
「ダヴィンチ・コード」
ダン・ブラウン(上・下)
作者ダン・ブラウンは、1961年ニュウ―ハンプシャ―生まれ。二作目の当小説が、2003年3月アメリカで出版されると人気爆発、720万部突破、版権は世界40ヶ国以上に及んでいます。ロン・ハワード監督で映画化も決定しました。
(ルーヴル美術館館長ソニェ―ルが館内で死体となって発見された。殺害当夜、館長と会う約束をしていたハーヴァード大教授ラングドンは、フランス警察より捜査協力を求められる。ソニェールの死体は、グランドギャラリーで、ダヴィンチの最も有名な素描(ウィトルウィウス的人体図)を模した形で横たわっており、さらに、死体の周りには、複雑怪奇なダイイングメッセージが残されていた。館長の孫娘でもあり、現場に駆けつけてきた暗号解読官ソフィーは、一目で祖父が自分だけに分かる暗号を残していることに気付く----。)
これは、キリスト教「聖杯伝説」への新たなアプローチであり、1980年からヨーロッパを中心に新しい解名が試みられて一種のブームとなりました。ヨーロッパの歴史、キリスト教の歴史が述べられ、「シオン修道会」グランド・マスターの一人、(ダヴィンチが英知の限りを尽くして暗号を描きこんだ絵画が「最後の晩餐」だった。)その聖杯伝説の謎を解いてゆくのです。アメリカ、パリ、イタリア、イギリスとスケールの大きな舞台で、007もどきの大活劇があり犯人の意外性、謎ときの難しさなど色々ありますが、二人の警察官、べス・ファーシュ警部とジェローム・コレ警部補の如何にもフランス人らしい気質がなんとも面白く微笑
―――角川書店(上下)¥1890(税込み)―――