上海紀行
Part 12

ライター:千遥

  最大のハプニング起きる

 改札口の上には、まじかに発車するいくつかの列車の便名や終着駅と共に発車時間が表示されている。これは日本と全く変わらない。よく見ると中国語に続いて日本語でも案内されている。珍しい光景だ。



  待合室の案内板

 慣れぬ日本人が遠距離旅行で間違えて乗らぬように、との配慮がなされている。日本との違いは、ホームと列車の乗り口との高低差が結構あることだ。どうしてこんなに列車の乗り口が高いのだろう?ホームは昔のままで、列車だけ大型化したのだろうか。この件については現在でも未確認のままである。まだまだ、バリアフリーというところまで到っていないのかもしれない。それと、駅のホームがやたらに長い。不思議なことに、照明がとても少ないのでホームはずいぶんと暗い。実は、これが今回の上海留学最大ハプニングの起きる大きな原因となったのである。


上海駅プラットホーム

 我々が乗る車両のところまで行くと、女性駅員が乗降口で乗車券を確認しながら乗客を一人ずつチェックしている。快速の座席は2人ずつの向かい合わせで4人掛けだ。列車は滑るようになめらかに発車した。乗り心地は快適だ。

 中国語による社内アナウンスもはっきりと聞こえてくる。中国語も英語と同じで、「レディーズ・アンド・ジェントルマン(女士メーン、先生メーン)」というように女性から始まる。列車の加速に合わせるかのように、社内に心地よい音楽がテンポよく流れてきた。快速列車にふさわしい爽やかな曲だ。中国もなかなかやるものだなあ、と思った。ところがよく聞いたことがある曲なのに、情けないことにすぐにその名前が想い浮かんでこないのだ。曲にあわせて口の中でモゾモゾとなぞっていたら、やっと思い出したのがロシア民謡の「トロイカ」だった。

 向かいの座席には30代前半と思われる小柄な男性がいる。このまま黙っていても仕方ない。ボソボソと話し掛けてみた。すると、相手はニッコリ笑って我々の期待に応えてくれた。彼は日本商品の中国でのエイジェンシーをしているのだという。カバンから取り出したパンフレットをみると、新潟にある半導体メーカーだった。しかし相手は日本語をまったく話せない。それに加え、私の断片的な中国語では上手くコミュニケートできない。

 そんなときは、昔覚えた英語が役に立つ。私の相棒は隣で寝たふりをしている。列車は上海の郊外を快調に走りぬけていく。そして会話にもやっと慣れてきた頃、速度をおとして停まった。ところが外は全くの暗闇だ。窓には何も見えない。駅ならば何か標識があるだろうと思っていた。近眼の目を窓ガラスにつけ凝らして、よく周辺を眺めてみる。何か少し灯りが見えるようだ。が、ぼんやりと文字らしいものが見えるものの、何と書いてあるのかよく分らない。



バスの広告..何て書いてあるかな?

 アナウンスはしていたのかな、うっかり聞き逃してしまったのかな。中国の生活にも慣れてきたのが誤りを招く。何と、何とそこが蘇州(スーチョー)だったのである。

 やっと気づき慌ててバッグを抱えて出ようとしたが、もう間に合わない。列車は既に発車している。「あーぁ参ったなあ」と思ったが、もうどうにもならない。それにしても快速の停車駅なのに、駅の構内は真っ暗なのだ。

どうしてなの? 
Why? 

 日本の駅なら、どこでも照明が眩しいほどついているというのに。そんな我々の気持ちとはうらはらに、列車は次の停車駅である南京西駅に向かってドンドン速度をあげていく。終点の南京西駅まで2時間もかかるのだ。この先どうなるのかな?こうなったら覚悟を決めるしかないか。じっくり前の若者と相談することにした。




解放軍兵士と拙政園を散策

 幸い、乗車してからずっと話をしていたから気心も分っている、と勝手に信じて助けてもらうことにした。それしか残された手は無いのだから。神様は我々を見捨てなかった。その若者は私の差し出した切符を確認すると、通りかかった車掌(女性)に経緯を話し、了解を求めた。意外にも?その車掌さんは優しく、そして機敏に対応してくれたのである。すべてを理解したした彼女は、南京西駅に着くと共に駅員に事情を伝え、駅員もまた蘇州への列車まで一緒に案内してくれたのである。とにかく乗ってしまえば蘇州に行ける。

 物凄く混んだ列車にしゃにむに乗り込んだら「あら、日本の方かしら」と突然しなやかな日本語が聞こえてきた。
(続く
)


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