上海紀行
Part 22

ライター:千遥

    日本への電話

ある日の朝、水産大学の構内を散策していたら、一人の中年女性が太極拳に励んでいるのに出会った。モゾモゾと話しかけたらニッコリして、大学構内は空気もきれいだし緑も多いので、毎日きているとのことだった。

 彼女もとにかく愛想がよい。一緒にやれ、というから真似してみたがどうにも様にならない。上海滞在中にはいろいろな人に会ったが、私は無愛想な人にはめぐり合うことはは殆どなかった。たまたま、そうだったのかどうかは分らない。人懐こいというのが全ての印象なのだ。それがどういうことであれ、私が好印象を持って帰ってこられたのは、真に心地よいことである。

 我々の宿泊先(招待所)に毎日勤めているカウンターの服務員である郭辰fei(gou chen fei)さんにも、いろいろな点でお世話になった。



左が郭お姉さん

正月になると、IPカードで部屋から日本にかける電話がいくら試みても繋がらなくなった。前日までは指定した数字を打ち込むとスムーズに通じていたのに、どうしたものなのか。おかしなものだ。正月で電話が集中するためなのかな。

 IP電話カードというのは、一種のプリペイドである。裏面に暗証が彫りこまれており、その上に張られているシールを剥がすと暗証番号が出てくる。この番号を電話するときに打ち込むと、通話場所や距離、時間によって使用された金額が記録された料金が減額されていく仕組みになっている。まず0発信である。それから先は英語と中国語で指示してくるので、それに従って数字を押さねばならない

風格あるワイタンの建築

残念なことに、せっかくの中国語がよく理解できない。仕方なく英語の案内を選択した。するとパンプキーNOを押せ、などとアナウンスされてくる。いくつもの数字を押してやっと日本に通じることになる。間違えると、「違っているから、やりなおせ」と更にアナウンスが来る。とにかく長い数字なので間違えてしまうことも多々ある。

 例えば日本に電話する時には、つぎのような数字を押していかねばならない。「0-17920-2-31586555#-5523#-0081-47123456#」。最後の0081が日本への発信番号で、そのあとが日本国内の電話番号である。IPカードは安くて便利だが酔ってくると、なおさら掛からなくなる。どうしてか途中で間違えてしまうのだ。これだから酒飲みは役に立たない。



ワイタンの夜景




半値もある元旦大割引

翌朝、正気の際に真面目に一つひとつやってみたが、どうしてもダメだ。孫先生に確認したが間違いないと仰る。でも繋がらない。それで郭小姐に相談してみたら、よく慣れている服務員を呼んできた。郭小姐のような制服は着用していない。ちょっと格が落ちるお姉さんだ。私はIPカードの裏面を見せて、「我家電話号ma(私の家の電話番号)は、これだよ」と示した。そしたら彼女はすっかり理解した感じで、IPカードを手に持って傍らの国際電話のボックスに入って打電話(電話をかける)し始めた。ボックスは一人しか入れない。



テレビ塔で会った親子三代 

 暫くして彼女が出てきて言うには、「不在」だという。相手は不在だ、ということか。「査電話号ma(電話番号を調べる)」などと言っている。そのうち、通じたとの連絡を受けた。確かにわが家に繋がっている。やれやれ、やっと出来たか。上手くいった喜びで「謝謝」とお礼を述べて部屋に帰ることができた

つぎの日に郭小姐に会ったら、電話代の明細を見せて「26元を支払え」と言う。私は電話なんか部屋からかけていないよ。といったら、とに角払っての一点張りだ。昨日かけたのはIPカードなんだから支払う必要は無い、と何となく通じる言葉で話す。





お世話になった孫先生


 すったもんだの末に、やっと真相が分った。彼女は電話した服務員は「没用IPカード」だというのだ。IPカードの使い方を知らないから、普通の国際電話で通話の代行をしたという訳だ。それじゃあ仕方が無い。私は郭小姐に26元を支払って、一件は落着したのである。そんなことで、暇があると私は郭小姐のいるカウンターの中に入ってお喋り?していた。少しずつ会話が通じるようになる。

彼女は、次の休みに上海市内を案内するよ、などと言ってもくる。蘇州や杭州の時間表なども調べてくれる。だが忙しく動き回る私は、彼女のお世話になることを必要とせずに終わったのである。同じようなことはIPカード販売のオバチャンにもしつこく誘われたが、結局それは実現しなかった。

                    (続く)

 

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