上海紀行
Part 19

ライター:千遥

    忍び寄る誘惑の手

 私の心の中に「これから上海アバンチュールでも始まるのかな」と、妙な予感が少しばかり芽生えてきたようである。そんな思いに迷いこんでいた時に、何と、もう一人の女性がどこからともなく現れたのである。

中年の女性が二人、目の前に腰掛けている。しかし、それからの話もまた、愉快なものとはならなかった。突如として、どこからともなく出現した新たな彼女は、先の女性よりも年配のように見える。彼女は手を合わせて、「私、お金がない。さっき盗まれてしまった。家に帰るには150元かかる。それが無いと帰れない。だからお願い」などと言っている。



勝負に厳しい女性たち

 「家はどこだ?」と聞いたら江蘇州のどこそこ、なんて説明している。このときから、私には警戒心が強まってきた。もう上の空で聞いている。なんだこれは!いわば、たかりではないか。そんなのに捕まってしまったことを知る。もう逃げる一手しかない。そんなの、今の私には関係ないよーんだ。

 旅行中の日本人に頼むより、警察官にでも頼んでみたらどうなのか。たぶんダメだろうけどな。このような時って、普段は聞いてもチンプンカンプンなのに、相手の言うことが何でも分るから不思議なものである。


上海駅そばの民家

「中国語の勉強にも、ポルノ小説を読むと進歩するものだ」とNHKのテキストに出ていたが、そんなものなのかな。彼女は先の彼女と同じようにバッグの中を見せる。本当に何も入ってはいないのだ。でも、そんな手口は、もう分っているよ。いくらお人よしの私でも、もう付き合いきれなくなってきた。

「私、もう帰る!じゃあ、バイバイ!再見!」と威勢良く立ち上がってあっさりとサヨナラしたのである。再びネオン街にでる。ちょっと歩いたそんな時に、また誘惑の手が伸びてきたのである。


ドラエモンは人気番組だ
「先生!こんにちは」「先生、日本の方でしょ!」と話しかけてきたオッチャンがいる。中国人が日本人に話しかけるときは、まず「先生!」と来る。そういえば日本にも「先生」はたくさんいる。そう、私も中国では先生なのだ。


スピードが自慢の
レストランのウェイター


呼びかけた彼は30歳代後半位か。珍
しく長めのコートを着ており、普通の上海人とは服装もセンスも全く異なる。「先生!今日はお暇ですか」「先生!女の子、好きでしょう」等と露骨に誘いをかけてきた。いよいよ来たな、と私は察した。

あほなこと言うな。どこに女が嫌いなやつがいるものか。でも、そ知らぬふりで聞き流しながら、ただただ、前方に向けて歩いていた。だが彼は、執拗にすり寄ってくる。絶対に逃さぬという感じで、追い討ちをかけてくる。




足元はご覧のとおり

「先生!かわいい子がたくさんいるよ」「一泊○○元でいいよ」などと言う。初めから遊ぶ気持ちなんかない私には、もう馬の耳に念仏だ。フーンそうか。それからずーっと黙っていた。それでも、彼はしつこく話してくるのだ。そのうち、どうせ日本人とばれているならば、暫しの間、お話の相手をしてみるか。という気持ちになってきたのである。

 私が始めて発した言葉は、「我是中国人、不是日本人(私は中国人だよ、日本人じゃあないよ)」だ。だが先方は「先生!それ違う。日本の方でしょ」と言う。相手はそんなウソ、とっくにわかっているから簡単には諦めない。



朋友となったホテルの警備員

 当方は、「あなたの日本語は私よりも上手いよ」。「あなたが日本人で、私が中国人なんだよ」なんてふざけてからかう。それで彼は、とうとう奥の手を使うに至った。

「先生!見るだけでいいよ」「中国人の女の子、かわいいよ。ヨーロッパの女の子だっているよ」「皆で30人もいるんだから」などとも言う。おいおい、上海では売春は禁止なんだよ。あそこに警察官がいるよ。と、傍らの制服着用の警備員を指差した。そんなことしてたら、あんたは捕まるよ。「いや先生、あれは違うよ。ガードマンだよ。上海、心配ないよ」なんていって、なかなか離れない。

いつまでも付き合うほど、こちらも根気づよくはない。やっとこ振り切って逃げ切ることに成功した。ホッとした。こんな事をあとで知り合いに話したら、「見るだけでもいいから、行けばよかったのに」といわれた。そうか、失敗だったかな、と思った。が、優柔不断な当方のことだから、もし行っていたら見事に先方の罠に引っかかったに違いない。(続く)

前のページへ 次のページへ