四国道後温泉と金毘羅宮の旅



 平成25年11月17日〜19日の2泊3日の四国旅行に夫婦で行きました。初日は東京駅から夜10時に出発する寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」で翌日には岡山駅付近で朝日を見て瀬戸大橋を渡り、四国の坂出駅に到着する。寝台特急に乗るのは本当に久しぶり、30年ほど前に松江から東京に戻る寝台特急に乗って以来だ。サンライズ瀬戸と出雲は岡山で高松と出雲行きに分かれて運行される。車内は個室でシングルとツインがあり、今回はシングル個室を利用した。個室の室内は意外と広く、荷物置き場も工夫されていて使いやすい。ベットは進行方向に向いているので揺れは余り気にならなかった。11月ともなると夜間は室内も冷えるが、足元の温風ヒーターが適度に効いて室内は温かい。朝になって瀬戸大橋を渡るころになると、寝台傍の広い窓から瀬戸内海が良く見える。

東京駅9番線から出発するサンライズ特急 サンライズ瀬戸・出雲の寝台列車(JRサイト) 寝台列車の2階個室を利用
瀬戸大橋手前のJR児島駅を通過 瀬戸大橋鉄橋から見える瀬戸内 朝日が昇る瀬戸内

 朝7時8分定刻通り坂出駅に到着、そして予讃線で坂出から琴平に向かう。しかし、坂出駅で乗り継ぎ時間が30分程あったので、ホームの待合室で昨日購入しておいた朝食用のサンドウイッチを食べた。琴平までの所要時間は30分ほど。金毘羅宮詣りには少し早すぎる到着であったが、琴平駅から歩いて12分程で金毘羅宮への入り口に到着。さてここから御本宮までの長い785段の階段が続く。

 早朝でもあり、まだ余り観光客は見えないが、階段を上って行くと外国人の旅行客が階段を上っていく。話している言葉を聞くとどうも台湾からの旅行客らしい。参道登り口の両側にはたくさんの土産物店が立ち並ぶ。階段が長く続くので、家内は土産物店の店頭に置かれている貸し出し用の杖を借りて、参道を登って行くことにした。大門から表書院まで475段、次に旭社までは628段目、御本宮までは785段目である。途中で休み休み階段を上るが、息が上がる。ようやく御本宮に到着した。さっそく神社にお参りをしてから境内から瀬戸内方面を見ると、讃岐平野や讃岐冨士がきれいに見えた。先ほど一緒に参道を登ってきた台湾の旅行客も御本宮に到着していたが、時間に追われているのか神社参拝を終わると、すぐに下山して行った。我々は、せっかく苦労して登った御本宮の前でしばらく写真を撮ったり、そばにある神社の社務所でおみくじを引いたり、また絵馬堂に行って琴平宮は航海の守り神でもあり、漁船や汽船、更には海上自衛隊の護衛艦の額が飾ってあるのには少し驚いた。

JR琴平駅前にて 金毘羅宮への参道登り口 大門にて、足の弱い人は籠も利用できる
途中の旭社 正面に金毘羅宮が見える 金毘羅様にお詣り
金毘羅宮 左の山は讃岐冨士 航海の安全を祈願する絵馬殿

 金毘羅宮からの帰りは、神社の奥の下山道から旭社、大門と降りて行き、途中でわき道にそれて旧金毘羅大芝居(金丸座)に立ち寄った。ここは年1回歌舞伎役者が出演して、本格的な歌舞伎を行っている。

 (注)昭和45年6月17日「旧金毘羅大芝居」として国の重要文化財に指定されます。そして、昭和47年より4年の歳月をかけ昭和51年3月に現在の愛宕山中腹に移築復元され、天保の時代そのままの姿に甦った。こんぴら歌舞伎オフィシャルサイト

金丸座の正面 江戸時代を思わせる芝居小屋 奈落にあるセリ舞台の木造装置

 以前何かのTV番組で中村吉衛門さんがこの金丸座を紹介していたのを思い出した。舞台の下には、役者が下から舞台に現れるセリ舞台の昇降装置(昔の木製の歯車を人力で回す)も見ることが出来た。そしてこの芝居小屋は江戸時代の芝居小屋をそのまま残したような、舞台と花道そして見物席、舞台の両袖には2階席の見物席もしつらえてある。丁度この金丸座を見学していた時に、外国人の男女が見学訪れ、この施設の職員から説明を受けていた。2週間ほどかけて日本国内を旅行し、この後は京都の城崎温泉に行くと言う様な事を話しているのが聞こえた。芝居小屋の見物を終えて、やっと元の参道へ戻り、借りていた杖を返しに土産物店に向かっていたが、借りたところは杖に記号が付けてあって、昔から営業をしている讃岐うどんのお店だった。折角なので昼食をこのうどん屋さんで頂いたが、結構うどんの腰はしっかりしていて美味しかった。

 金毘羅宮へのお参りも無事にすませて、琴平駅に戻って今夜の宿泊先である松山に向かうため、列車のチケットを購入した。出発時間まではまだ40分程あったので、駅の近くのコーヒーショップに入ってコーヒーを注文。お店はレトロな雰囲気で、ちょうど昭和40年代のコーヒー店と言えばお年めした人には想像が付くだろう。ゆっくりとコーヒーを頂いて次の目的地松山に向かうため琴平駅に向かった。

 琴平から多度津まで約10分で乗り換え、予讃線で特急しおかぜに乗って2時間ほどで松山駅へ、この予讃線は瀬戸内海の海岸線沿いを走るので、瀬戸内の素敵な景色を満喫できる。夕方になってようやく今夜泊まる宿のある松山駅に着いた。駅前の市電に乗って道後温泉駅に向かう、一駅の間が短いので何駅も停車しながら市電は道後温泉駅に到着した。駅前には道後温泉の観光案内所もあり土産物も売っている。夏目漱石ゆかりの「坊ちゃん列車」も乗車できるが、この時間では終わってしまっていた。そして駅前広場に人だかりがしているので、何か起こるのかと見ていると丁度4時になると大きなカラクリ時計が動き出し、時計塔の中に仕組まれてあったカラクリ人形が現れて、観光客を楽しませてくれる。駅前の土産物の道後ハイカラ商店街を抜けてしばらくすると、目前に大きな道後温泉本館が見えた。この本館は三層楼の屋上にある振鷺閣の古典的な造りで周囲の窓は赤いギヤマンをはめた障子で、夜になると中央天井の吊電灯が灯り、湯の町に異彩を放っている。

松山駅前の市電 道後温泉駅 土産物も販売 坊ちゃんゆかりのカラクリ人形が現れる
駅前のカラクリ時計で人形を待つ観光客 道後ハイカラ商店街 正面に道後温泉本館が見える

 今夜の宿は、この道後温泉本館からすぐ傍にある大和屋本店だ。10階建ての大きな和風旅館だが、4階には本格的な能舞台「千寿殿」を設け、宿泊客には能舞台の見学や能楽の仕舞なども毎日行われている。楽しみの一つに地下1階にある温泉の入浴だ。夕食前に大浴場で一風呂浴びてくる。そして夕食は4階レストラン「松風」で瀬戸内の新鮮な魚貝類を調理した美味な食事であった。翌日の朝食も同じレストラン頂いたが、どういうわけか旅先では食欲が進むのかご飯をお代わりをするぐらいだ。さて、旅の3日目は天気が良ければ「しまなみ海道」を目指すつもりでレンターカーを借りたが、残念ながら曇り空で途中で雨が降る確率が高いので今治方面へのドライブは取りやめ、まずは坂の上の雲で有名な市内の松山城に向かった。朝レンターカーの会社の人が旅館に迎えに来てくれたが、車中の話で松山で自慢できるのは道路中央に植えられた銀杏の木で、秋には黄色く紅葉してそれが長く続き、本当にきれいだと話してくれた。また、市内を走っていると不思議なことに道路にゴミ一つ落ちていないことに気付いた。これは県内で観光地にふさわし県や市が道路のゴミ清掃に力を入れ、市民の方たちも協力をしているからだと説明を受けた。

松山城へはリフトかケーブルカーで登る 松山城(1) 松山城(2)
天守閣から見た松山市内 城内の鎧の展示物 松山市内が一望できる

 さて、松山城に行くには観光客はロープウエイ・リフトかケーブルカーに乗って約5〜6分ほど。生憎頂上のケーブルカー出口を出る頃から小雨が降りだして急いで松山城の天守閣に向かう階段を登る。このお城は日本を代表する連立式天守閣で、一度焼失して復興されている。天守閣から松山市内をぐるりと見渡すことが出来るが、晴れた日に訪れれば瀬戸内の海も見えて素晴らしい景色を楽しめたと思う。お城の見学を終えて、近くにある「坂の上の雲ミュージアム」に行った。このミュウージアムは司馬遼太郎が書いた「坂の上の雲」に関連した、日本の近代国家形成の大きな時代の流れを捉えて、展示されたもので地元の小学生も課外学習の一つとしてこのミュージアム見学に来ていた。そして、このミュージアムの隣には国重要文化財である萬翠荘(バンスイソウ)が公開されている。ここは1922年(大正11年)、旧松山藩主の子孫・久松定謨伯爵が別邸として建てたフランス・ルネサンス様式の洋館だ。中の資料には昭和天皇が結婚をされる前にこの洋館にお泊りになったとあった。旅行者にとってはこの様な、歴史的な建物が大切に保存され、見物する事が出来るのは嬉しいことだ。

坂の上の雲ミュージアム入口にて ミュージアムから見える萬翠荘 ルネサンス様式の萬翠荘

 松山市内の観光にかなり時間を割いて見て回ったので、お昼時となった。近くのホテルで昼食のバイキング料理を頂いてから、ようやく松山周辺の観光地に向かう事とした。目的地は二つ、一つ目は松山自動車道で内子ICで降りて、内子(ウチコ)の白壁造りの建物が並ぶ、八日市・護国の町並みで、その中の一つ「上芳我邸」木蝋資料館を訪ねた。明治から大正にかけて木蝋生産を営み、内子には当時23軒も製蝋業者がいて町は繁栄していたそうだ。そしてそ二つ目は、国道56号線で内子から20Km程離れた大洲市を訪ねた。ここは昔NHKの連続小説「おはなはん」で有名な町並みがあり、市内には大洲城ある。そして忘れてはならないのが、木造茅葺寄棟造りの家屋は、「臥龍山荘(ガリュウサンソウ)」として肱川流域の景勝地”臥龍淵”に臨む山荘で、見事な借景の日本庭園とみごとな茶室は一見に値する。
 
内子の町並(1) 重要文化財「上芳我家住宅」 木蝋の商いで栄えた内子の町並(2)
大洲市内のおはなはん通り 臥龍山荘の茅葺寄棟造り家屋 肱川の川辺に建つ臥龍山荘

 11月の中旬に四国旅行となったが、松山から内子に向かう高速道路で、途中の峠越え付近では激しい雨に降られ、当日は小雪もちらついたようだ。夜8時頃の松山空港から羽田に向け1時間ほどのフライトで、鎌ケ谷の自宅に付くころは夜11時過ぎとなった。今回の旅行の目的は、家内が是非夜行寝台に乗ってみたいというところから、車中泊と旅館の1泊を合わせた2泊3日の旅だったが、結構楽しい旅だった!

(投稿:M太郎)